[XREA.COM] FreeWebHosting - CGI/SSI/Sendmail/MySQL/PostgreSQL/SSL -
XREAAD

不定記

話題一覧
最新不定記

01月24日(木)

[漫画]聖☆おにいさん

 「ギャグというものは、それを解る人が少なければ少ないほど面白い」という格言がありますが、この格言に沿ってギャグを作ると、当然ながら解ってくれる人が少なくなってしまうというデメリットがあります。喩えるなら、商品の値段を上げて単価を増やしても、その分購入者が減ってしまい全体で見ると利益は大して変わらないようなものです。どんなものにも、メリットがあればデメリットもあるものです。

 しかし、「解ってくれる人が少なくなる」というデメリット無しに「面白くなる」というメリットを享受できる方法もあります。上の格言に合わせて言うならば、「ギャグというものは、それが不謹慎であればあるほど面白い」メソッドです。

 では、「不謹慎なネタ」にはどんなものがあるか――すぐ思いつく一つは、「その時々の時事ネタ」です。ですがこれには「ネタが風化しやすいので、数年後などに見ると面白くない」というデメリットがあります。

 やはりこのようなデメリットがなければメリットは得られないのか――いえいえ、あるのです。それを可能にする「不謹慎なネタ」の一つが、そう、「宗教ネタ」です。まぁこの場合でも「その信者に命を狙われかねない」という ある意味前者二つ以上に酷いデメリットがありますが、前者二つのデメリットが主に読者側へのデメリットであるのに対し、こちらは作者側へのデメリットであるので、作者に覚悟さえあれば問題ありません。

 そんなわけで、そんな危険すぎる道を現在最も爆走していると言えるのが、この漫画「聖☆おにいさん」なのであります。

聖☆おにいさん 聖☆おにいさん』 コミック
講談社
著者:中村 光(著)
発売日:2008/01, 価格:\580

 なんだかタイトルが「聖マッスル」を思い出させますが、別にああいう漫画ではありません。とりあえずモーニング2公式サイトからあらすじ引用。

世紀末を無事に越えたブッダとイエスは、東京・立川でアパートをシェアし、下界でのバカンスを送っていた。女子高生にジョニー・デップに似ていると言われ、照れるイエス。近所の小学生に額のホクロのようなものを強く押され、それが弱点だと気づくブッダ。そんな「最聖」コンビが送るぬくぬくコメディ。

 もうこれだけで不謹慎の香りがプンプンするぜッ――――ッ!! さらに内容を挙げてみると、

  • トゲトゲした茨の冠のせいで、パンクロッカーに間違えられるイエス。
  • 福引で2等の「仏像(=いわば自分のフィギュア)」を当ててしまい、「……偶像崇拝禁止しとけばよかったな……」と悔やむブッダ。
  • 始めたブログの読者が増えるのを見て、布教していたあの頃を思い出すイエス。ちなみに神であることは伏せているが、「神降臨!」とかコメントされて不思議がっている。
  • 小学生に額のアレを輪ゴム銃やら水鉄砲やらで狙われ続けるブッダ。

 こんな感じの漫画です。なにやら面白そうだなーと思われた不謹慎大好きっ子な方は、一読してみてはいかがでしょうか。

 

 それにしても、宗教ネタは本当に素晴らしいですね。ギャグではないですが、女神転生シリーズとかも大好きです。こんな素晴らしい宗教ネタの数々に出会えるのは、やはり宗教心の薄い日本ならではと言え、日本は本当に素晴らしい国であるなぁと思います。学校で子供に愛国心を持たせようという話がありますが、それならば 学校で「聖☆おにいさん」を読ませたり女神転生をやらせたらいいと思います。

高度に発達した創造論はテニプリ感想と見分けがつかない

 とある事について調べていて、

という記事に辿り着きました。記事の内容を要約すれば、「聖書によると宇宙は6000年前にできた筈なのに、何故6000光年よりも遠い星が見えるのか?」という点について、創造論者たちが聖書の記述とも現状の物理法則および観測事実とも矛盾を起こさない理論を作ろうと四苦八苦している、という話。

 この記事を読んで、思わず創造論者になりたくなってしまいましたよ。こういう「矛盾を強引に解釈する」という行為が私はするのも見るのも大好きです。冷静になれば「お前らこんなフィクションに熱くなるなよ!」という感じなんですが、でもこういう行為は楽しくて仕方ないんです。

 …で、ふと気付いたんですが、これってまんまテニプリ感想ですね。

 聖書に「神は六日間で世界を創った」とあるならば 確かに宇宙は六日間で作られたように、テニプリに「手塚ゾーンは回転を利用した技」とあるならば 確かに手塚ゾーンは回転を利用しているのです。その代わり その「六日間」が実際には非常に遅く流れたと解釈していいように、その「回転」はボールの回転ではなく地球の回転なのだと解釈してもいいのです。

 この視点に立って考えてみると、許斐先生の存在は YHVH と同等という事になります。許斐先生が神へと近付いているという自説が、まさかこんなところから補強されるとは思ってもみませんでした。

 ちなみに創造論者になりたいけどキリスト教の嫌いな私は、「先週木曜教」信者になろうと思います。クィーンメーブたん萌え。