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02月4日(金)

大好き!テニスの王子様

 今ジャンプで最も面白い漫画といえば何でしょうか?

 DEATH NOTE?ハァ?あんなの絵が上手くて脚本が秀逸で毎週ハラハラするだけの漫画じゃないですか!

 アイシールド21?ハァ?あんなの台詞がクサカッコよくて動的表現が上手くて毎週熱くなるだけの漫画じゃないですか!

 武装錬金?ハァ?あんなのパピヨン様が蝶サイコーにセクシーでCブラボーが最高にブラボーで戦士斗貴子が最高にバイオレンスなだけの漫画じゃないですか!

 SBR?ハァ?連載してないじゃないですか!

 まったくみなさんわかってない。今ジャンプで一番面白いのはテニスの王子様に決まっているじゃないですか!私も大好きなのでジャンプを読むときは勿論一番最後に読みます。おいしいものは最後に残すタイプなのでね。そんなわけで今日はこの私がテニスの王子様の素晴らしさを教えてあげようではないですか!

 まずテニスの王子様の一番の見所は…えーと、ちょっと待ってね…

 ………

 えっと猫がかわいいんですよ!主人公の飼い猫のカルピンがかわいいんですよ……それから……

 えーと………
 

 えっとごめんなさい。もう無理です、こういうの苦手です、布団の訪問販売とか絶対できません。

 

 …ファンの皆様、石を投げないで。こんな書き出し方ですがこの漫画、「嫌い」ってわけではないんです。私がこの漫画に持つ感情は「嫌い」ではなく…「怖い」なんです。だって普通のテニス漫画だと思ったら

いきなり分身。

 心臓に悪いです。こんなに心臓に負荷がかかった漫画は 子供の頃に読んだ 楳図かずお「神の左手悪魔の右手」以来かもしれません。

 しかし分身はネット上で散々ネタにされ、許斐先生も流石にもうこんな展開はやるまいと思ったら

大跳躍。
   
※これはギャグ漫画です     ※これもギャグ漫画です

 しかもそのちょうど裏のページでは指が増えるわ。怪奇漫画の世界です。楳図の世界です。

 私は思いました。このままでは許斐先生に笑い殺される。そんなとき、ジョルノ先生の名言を思い出しました。

「『覚悟』とは!! 暗闇の荒野に!! 進むべき道を切り開く事だッ!」

 そうだ!覚悟だ!あらかじめ絶対有り得ないような展開を考え「覚悟する」ことで耐性をつけておけばよいのだ!そうすれば、どんな展開になろうとも その予想した展開以下ならば耐えられるに違いない!

 そう思った私は3種5枚の絵を描きあげました。そう、「テニスの!王子様」「テニスの奇妙な王子様」「テーニス・プリンス」の『テニスの王子様三部作』です。私にとってこの絵は単なるネタ絵ではなく、許斐先生に殺されないための必死の対策だったのです。その甲斐あって、最高に有り得ない展開になったと自信を持って言えるものになりました(テニース・プリンス除く)……

 

 

【テニスの王子様劇場版は、核爆発の描写あり!?】

……「最高に有り得ない展開」の遙か斜め上を行かれた……

 いや、でもこれは所詮劇場版、実は許斐先生は関わっていないのかも…と思ったら今度は本誌で「ビッグバン」ですよ!しかもスポーツ漫画なのに「一撃必殺」って当たり前のように『殺』って漢字が出てきたよ!すべてにおいて斜め上を行かれましたよ……

 そんなわけで、もし当サイトの更新が止まったら許斐先生に殺されたと思って下さい。 

02月11日(金)

欲張りな国語人間たち

・ピタゴラスの定理にヒャッホウ言う国語好きはいない

 私は理系人間である。

 どれくらい理系かと言えば、自分を純水に喩えると 電離したH+・OH-が文系部分で 電離せずにいる水分子が理系部分、と喩え方からして理系人間である。

 それくらい理系人間であるが故に、文系 特に国語好きの人と話をするとどうもかみ合わないことがあります。どうしようもないと諦めてもいますが、それでもどうしても納得できない『国語好きの意見』があるのです。

 その一つが「国語は答えが一つじゃないから好き」という意見。

 だったら答えが一つでさえなければどんな教科の問題だって好きになれるはずです。しかし、「ピタゴラスの定理を証明せよ」という問題に「ヒャッホウ!答えが一つじゃないぜ〜♪」などと言う国語好きは見たことがありません。

(ピタゴラスの定理:「直角三角形の短い二辺の二乗和は 長い辺の二乗に等しい」という有名なアレ。証明方法がたくさんあることでも知られている。)

 

・『正解』ですらない『正解』

 そもそも本当に国語には答えが沢山あるのでしょうか?

 たとえば、広島の原爆ドームを見学したあとの感想文では、「戦争の悲惨さ」「人類の愚かさ」をテーマにすることを暗に求められます。
 もしこのとき、「原爆ドームはカッコいい。原爆の真下で生き残るなんてすごい。ぼくは大きくなったら大工さんになって、原爆でもこわれないじょうぶな建物を作りたいです。」こんな感想文を書く子がいたら、どうでしょう。不謹慎で不真面目な要注意生徒として教師ににらまれてしまうのです。

「反社会学講座(パオロ・マッツァリーノ)」『それでも本を読みますか』より引用(一部略)

 このように、国語にも「正解」があることくらい誰だって気付いているはずです。文章を読んでどんな感想を持とうがそこには自由がありますが、それを「国語」という場に持ってくると、採点され「正解」を押しつけられます。
 しかも、その「正解」が本当に正しいかすら怪しいものです。もし文章問題に「正解」があるとしたら、それは「著者の考える『正解』」という定義に異を唱える人は少ないでしょう。しかし、実際に「正解」を考えるのは著者ではなく、問題作成者です。
 「ある国語の小説問題を、その著者が解いてみる」という面白い実験が以前あったのですが、(昔見たテレビでの話なのでネット上にこの資料は見つかりませんでした)その結果はというと、なんとマルが一つもなかったというのです。
 問題作成者が勝手に作った『正解ですらない正解』に解答者は従わなければならないなんて実に嫌な世界です。そんなのより、『確かに正しいとわかっている正解』に従う数学や理科の方が(※)いいじゃないですか。「答えが一つじゃないから好き」なんてのは、世の中の国語好きに騙されてるか、自分に嘘をついているかのどちらかです。

※ 厳密に言うと数学や理科も正しいとは限らないんですが。

 

・小説キチの国語指導者達

 とはいえ国語という教科は大事だと思います。小学校で英語を習わせるより まず母国語をちゃんと理解させろという意見には大賛成です。読解力や文章力は理系科目でも日常生活でも非常に重要です。

 しかし、国語の指導法には疑問があります。国語指導者たちは「最近の教科書には漱石などの名作が少なくなった」と嘆いていますが、むしろ私は小説なんて教科書に載せなくてよいと思うのです。

 小説を読んでも読解力や文章力は上がりはします。しかし、それで鍛えられるのは主に「小説向けの読解力・文章力」です。けれどもそんな能力は社会で殆ど使いません。「中学以降の数学なんて社会に出て使えないから授業時間を削減しろ!」と言う国語指導者達が、生徒に使えない能力を鍛えさせようとしているのです。
 小説は(前章で書いたような『正解』はあるものの)様々な読みとり方ができますが、逆に言えば著者が伝えたかったことと違うように読みとってしまいます。評論文などの方が、「伝えたいことを相手に正しく伝える」「相手が言おうとすることを理解する」という「使える国語能力」が鍛えられるはずです。

 国語指導者達は小説キチであり、それを生徒に押しつけたいだけなのです。

 

・小説キチによるおもいっきりテレビ

 小説キチの国語指導者は小説の素晴らしさの数々を、おもいっきりテレビでマイナー食材の素晴らしい効用の数々を語るみのもんたのような勢いで主張します。たとえば小説は漫画と違って想像力が増すとか、小説はもはや芸術の一種だとか、語彙力がつくとか…
 別にこれらを全て否定する気はありません。しかし、よいことずくめなものなど滅多にないものです。どんなものにも利点があれば欠点もあるはずです。
 例として、「漫画と違って想像力が増す」というのに対抗して小説の悪口を考えてみましょう。

 映像メディアや漫画は、人物の「表情」「仕草」などからその人物の感情などを読みとる「パターン認識能力」が鍛えられる。それに比べて小説は、『悲しそうな顔をした』という一文があればその人物は悲しいのである。こんな小説などというものばかり読んでいては、人の心がわからないロクデナシになることは間違いない。

 …とまぁ、やや冗談めかして書いてみましたが、なかなかありえそうな「小説の欠点」が作れたと自分でも思います。これが正しいかどうかはわかりませんが、それと同様に「小説の素晴らしい効用」も正しいかわからないですし、そしてこれ以外にも「小説の欠点」があるかもしれません。

 繰り返しになりますが、どんなものにも利点があれば欠点もあるものです。技術者などは、あちらを立てればこちらが立たずのトレードオフの中で苦しみながら良いものを作ろうとしているというのに、国語人間たちは小説の良いところだけを取ろうとしているのです。欲張りです。そんな欲張りだから、答えが一つだけでは物足りないのでしょう。

 

・小説は芸術である。そして芸術は娯楽である。

 前章の『小説の効用』の中で「小説は芸術」と書きましたが、この主張には賛成です。こんな小説批判とも取れる文章を書いていますが小説はよく読んでいます。本当に良い作家の文は、映像メディアや漫画以上の迫力を持つものです。

 しかし、小説が芸術であるというなら、どうして国語の時間に教えようとするのでしょう。「文芸」という時間を芸術科目内に作って、美術や音楽同様に芸術として教えればいいのです。
 小説は芸術であるくせに、芸術の時間ではなくもっと授業数の多い「国語」で教えようなんて、やっぱり国語人間は欲張りです。

 そして、芸術なんてのも所詮ちょっと高尚なだけの『娯楽』です。娯楽など、それを好きな人だけが楽しめばいいのであって、強制しようなんてのが間違っているのです。全人類を小説好きにしようなんて、やっぱり国語人間は欲張りです。

02月18日(金)

祝!サイト開設50日

サイト運営は…実に楽しかったなあ……いろんなことがあった…
まったくフフフフフ…
本当に…楽しかった…50日間じゃったよ

 なんか終わるかのような言い方ですが、猫と重金属はまだまだ続きます。

恐怖!テニスの王子様

 2月4日の週記で「テニスの王子様が怖い」と書きましたが、私の他にも「テニスの王子様は、並のホラー漫画よりも恐ろしい」という方がいらっしゃいました。同士よー!(理由は全然違いますけど。)

 ところで当サイトは、ふと気付いたら「コンテンツの約3割がテニスの王子様」というちょっとしたファンサイト並の比率になっています。ファンが見たら怒り狂うと思いますが。
 こんなサイトを運営していると、漫画そのものも怖いですが、ファンの存在も非常に怖いです。ファンがここを見つけてしまったらどうしよう…そう考えると恐怖で足が震えてしまいます。

 そんなある日、アクセス解析を見ていたら…恐ろしいものを見つけてしまいました。

 

 

 

 

 

 


 …「テニスの王子様」で検索してここに来てる人がいるー!?(しかも5人も)

 お…落ち着け!素数を数えて落ち着け!もしかしたらテニスの王子様のパロディを求めて検索してきたのではないか…と自分を納得させようとしましたが、どう考えても「テニスの王子様」の単独キーワードで検索をかける人はファン以外の何者でもありません。どうしよう、見つかっちゃった…

 というわけでいつ迫り来るかわからぬファンの牙を恐れつつサイトの運営を続けていますが、相変わらず日に数人が検索「テニスの王子様」でやってきています。怖え…テニスの王子様ファン怖え……!

検索ワード

 「テニスの王子様」以外でも様々な検索ワードで飛んでくる方がいらっしゃいます。ちょっと紹介。※ちなみに「テニスの王子様」でGoogle検索すると、上から22番目でした。ファンはこんな下の方のページまで見るんですね…

「プロ野球選手の打撃フォーム」
 すいません、そんなものはこのサイトを隅から隅まで見ても載っていません。というか週記でちょこっと書いただけなのに、どうしてGoogleで上から2番目になっているんでしょうか。(まぁ全部で10件しか出てこないんですけどね。)

「榊さん」
 Googleで2位。榊さんファンの方が期待に胸膨らませ検索をかけると、指を吹っ飛ばされた彼女に出会います。

「テニスの王子様最終回」
 Googleで1位になっちゃった…けれどこんなキーワードで検索する人は多分アンチですから安心です。

「テニスの王子様 絵」
 …ファンが検索しそうなキーワードなのに、1位になっちゃってました…

 しかもなぜか偉大なるテニプリネタ絵の先駆者ルフレ王様のテニスの覇王様書き方指南があたかも私のサイト内にあるかのような表示です。Googleさんド失礼ですよ!真面目に仕事しなさい!

 

 …サイトのテニプリ比率を下げようと思っているのに、ついこんな週記を書いて また比率を高めてしまいました。どうしよう…

02月25日(金)

当然のように語られるデタラメたち

 子供に絵を描かせると、空を緑色に塗ったり、木を赤で描いたり、私たち大人が考えもしない自由さで絵を描く。しかしそれを見た多くの大人は、「空はこの色でしょう?木はこの色でしょう?」と『間違い』を指摘する。

 さて、こんな文章があったとき、この続きを考えてみて下さい…恐らく、「これは子供の自由な発想を阻害する行為であり、よろしくない」などといった文章が続くことでしょう。
 このように、「子供の自由な発想を阻害する行為」は正しくない、との意見は非常によく聞きます。しかし、この行為は本当に正しくないのでしょうか?

 …ちょっと考えれば、おかしいと思いませんか?だって誰だって最終的には普通の色で絵を描くようになるんですよ?(画家にはおかしな色で描く人もいますけど、彼らは子供の頃からずっとそう描いているわけではなく普通の色使いを知った上であえてやっているので同じです。)だったら遅かれ早かれの問題であって、このとき色使いを直されなくてもいつかは正しい色使いを知り「自由な発想」を失うはずです。だったらこのとき教えたっていいじゃないですか。
 それに、だったら「言葉を知ると自由な発想が阻害されるから言葉は教えない!」という人がいたっておかしくないはずですが、そんな人は見たことがありません。

 自由な発想を阻害するのは確かによくないのかもしれません。しかし「自由な発想」の名の下に、教えなければならないことまで教えないのは問題ではないでしょうか。子供だって、現実の中で生きていかねばなりません。現実のことを知らずに現実で生きるのは大変です。

 こういう(よく考えると)おかしなことを言う人は、自分の憶測だけで(しかも、たいして考えずに)「こうすると子供は駄目になるが、こうするとよくなる」と子供の将来を決めつけています。ちゃんと色使いをそのままにされた子供と直された子供が将来どうなったかを充分な標本数の元に調べてから言って欲しいものです。
 とはいえ憶測でものを言うこと自体は、直接人に迷惑をかけない限り言論の自由があるので仕方ありません。問題は、多くの人がこの言葉を怪しみもせずに受け入れていることです。

 子供が大事だったら、子育て論を鵜呑みにせず疑いましょうよ。世の中には数多くのデタラメが当然のように語られています。ほら、ゲーム脳とか、ゲーム脳とか、ゲーム脳とかね。

 パズルゲームなんかは脳を活性化させると思いますよ。じっくり考えるパズルもいいですが、瞬間的にいろいろ考えないとならない方が思考速度が上がりそうですね。あと、対戦物だと競争心を煽るのでより効果があるでしょう。そんな子供の教育にぴったりのソフトが「BLOCK」!さあ、今すぐダウンロードして子供に遊ばせましょう!

 …もちろん、上の文章を鵜呑みにしてすぐに子供に遊ばせてはいけません。ちゃんと自分で信じられるか判断しなければなりませんので、今すぐダウンロードして自分で遊んでみましょう。

 要するに、BLOCKやってくださいってことですのでお願いします。

「絵」のページ改変ついでに

 「」のページをちょっと改変したついでに、「テニスの奇妙な王子様」におまけ画像を追加しました。没にしたシーンではありますが、個人的には気に入っています。